最近ずーっと頭を悩ませております。

何が良いのか、何に価値があるのか

全然わからなかったんです。




カオスラウンジ。



日比谷高橋コレクションで開催されている展覧会で

黒瀬陽平さん・藤城嘘さんがキュレーター。

宣言文を打ち出しており

ツイッターとかを見ていても

村上隆氏や東浩紀氏なども注目しているようだ。





前のNYの記事でも書いたんだけれど

アートの文脈においても「匿名性」「作家性の無さ」みたいのって

注目する要素だと思うんだよ。

コピー。シュミラークル。アプロプリエーション。

そう考えるとさ、ニコ動とか2chとか

すげえおもしろいなぁと思うじゃない。

創作者が全面に出るわけじゃなく

その「作品」だけ氾濫し、その「作品」から何か抽出され

また「作品」が氾濫してく。

MAD、2次創作、改変。

あぁ、なるほど西洋のアートの文脈は

日本のサブカルの文脈に近いってのはこういう事なのかってね。

でも、そんなんもうわかってる事なんでしょ?



で、ニコ動やらなんやらで氾濫したイメージを

「作家性」をもって再構築する必要ってのはどこにあるんだい?

やっぱり作家性っていいよね。美術作家ってカッコいいね。

ってそういうことなの?

「オンラインデジタルスーパー廃材使ったオブジェ」

という事でよろしい?



今年で3回目というカオスラウンジ。

もともとはインターネットで発表していた作家で

展覧会をやるような場所だったらしい。

「現実」に引きずり降ろす。的な。



今回もそういう感じ…なんですか?

どっちかっていうとネットから引きずり出してきて

そっから生まれる何チャラをまたネットに引き上げるみたいな感じ?

では村上や高嶺や伊藤はなぜあそこにいたの?

ゼロ年代代表時代遅れのさらしものですか?



作品のキャプションがしっかりしてんのが、もうやだ。

なんでキャプションがニコのタグなの?

タグってのは他人が付けるからおもしろいんでしょ?

自演じゃん。全然カオスじゃないじゃん。

滑稽すぎる。



俺は2chもニコニコも好き。

誰かに何を言われたわけでもなく何かを作る。

それが金になるとかならないとかじゃなくて

何回再生されるか、どんなコメントがつくか、どんな改変されるか。

新しい価値基準がある。

新しい「神さま」がいる気がするんだよ。



別に2chも神さまはゴロゴロいるんだけどね。



アーキテクチャと呼ばんでるものを分析して、それを解体して

なぜアートにしなくてはいけないの?

現代美術で現代美術やってる現代美術家です

っていう前提がすっげえ意味わかんない。



村上隆氏がこの展覧会に驚く理由はなんなの?

企画者はほんとにニコとか2chとかやってる人なの?

ベッキークルーエルが公式になった時の寒さを知ってるの?

にわかがリアルで用語を使った時の

あの何とも言えない寒さを知っているの?



要するに、引っ張り出されると寒いんだよ。



自分の立ち位置を理解するためには

その場所から離れないといけない。

自分が立っていては、自分の立っている場所が見えないから。

だけど先生。

それじゃその人はもはや「第三者」的に「客観」するって事だよ。

そんな人に語られる事が酷く腹立つ場合もあるんだよ。



良いエサ拾ったということですね。わかります。



「ライブ感」のある展示らしい。

俺は平日の昼過ぎだったからかね。

そういった感じは全く感じれなかった。

それも原因?



いあ、きっと俺の頭が悪いんだろ。

このままわからないのは嫌だ。

とりあえず思想地図4冊買ってみた。

あの辺を取り巻く思想を理解しよう。

それから意見しよう。



でも本当に全然わからなかったんだ。

カオスラウンジ。

http://chaosxlounge.com/