しいてゆう

言葉にできない?んな事知ってる。

快快「SHIBAHAMA」:伝統・現代・世代

ブログ、サボってばかりです。

何かを観れば観るたびに

何かを勉強すればするたびに

「俺は何もわからないのか」という事がわかるばかり。

とてもネガティブ&ポジティブな症状の連続でして

逃げ続けておりました。



だが、今日は書いてみます。



快快(ファイファイ)のSHIBAHAMAという作品

池袋は東京芸術劇場で観てきました。



快快はステージ、ダンスなどを中心に何でもやっちゃう人達で

「私たちが生きている今をポップにパッケージングする

ハッピーオーラ集団」…だそうです。



で、今回初めてみたSHIBAHAMAは

落語の「芝浜」を現代性をもって再構築するような作品。

(こう言っちゃうと薄っぺらいなぁ…)



ほっとんど予備知識もなく当日券で観て来て

頭ン中パッパラピーにされて帰ってきました。

もう色んなことが頭に浮かんでは消えているので

とにかく殴り書かせてください。

快快HP http://faifai.tv/faifai-web/


news_big_shibahama_banner




まず、この作品について言及したいのは

舞台作品としての神秘性を限りなく希薄にしているという事。



ステージと客席の境目は無く

役者なんだかスタッフなんだかもわからん人もいるし

何かを演じている人はコロコロとその役割を変える。

物語性は無いに等しく(ちゃんと脈略は有る)

司会進行みたいな役割が立てられ時間は流れていく。



芝浜という落語を解体していく作業は

まるでバラエティー番組の様に、観客を巻き込み

つまり「脚本」を感じさせない

ライブ感のあるものとして進められる。

(稽古で行うワークショップ的な雰囲気も感じた)

それは役者個人が芝浜を深めるために行われた

フィールドワークの話に繋げられ

酷く私的な経験にフィードバックさせる。



このフィールドワークというものが

作品を制作するために行われるものであるとするならば

その「プロセス」が「脚本」となっている

換言すれば「練習」が「本番」になってるという

主客転倒というか本末転倒というか

全くわけのわからない事態が起きている事になっているわけで

これがまた舞台作品の神秘性を剥奪している。



また…、ん?○○的だな。

と思う事が多々あった。

インターネット中継とかカオスラ的だし

冒頭の語り口はチェルフィッチュそのものだし

ごはん作って食べさせるのとか

リクリット・ティラバーニャのパフォーマンス思い出したし

監視カメラの映像とかアダム・リフキンの映画を連想した。



無意識的なのか、意識的なのは俺の知る由もない事だけど

力んだオリジナル指向を感じる事は無く

切り取られ貼付けられたようなイメージが漂う。

(繰り返しサンプラーで流される音や声にも

MAD感を助長させられる)



だけど、こういったある種の神秘性の無さを伴いつつ

ダンス、演劇…色々な枠を取っ払ってブッ飛びつつ

SHIBAHAMAは決して拡散する事なく

しっかりとそこに根を降ろしていた。



それはもうほんと個人の基礎力と演出の質に依るものと思う。



決して物語のチカラでは無いところで感情が揺さぶられる。

ベースの効いた音楽と派手な映像の中踊る役者には

無条件に「アガる」し

下ネタ的な光るペニスの話からのガチンコボクシングなんか

左に引っぱられた体を右に思いきり振られるような

アトラクション的感覚が起きる。

特にフィールドワークの話から個人的な感想みたいなトコに収束し

全員で芝浜語る所なんか感動して涙しそうになった。



客電も何も関係ないくらい光量マックスで明るくなり

そこに座り、汗を流し、喉をふるわせている幾つかの身体。



神秘性の剥奪という何とも現代的っぽい手法に感銘を受けつつ

結局のところ僕は鍛錬に鍛錬を重ねた泥臭い何かに

感動してたりするわけだ。



こういった手法、主題、役者それらすべてから

伝統的なものと、現代的なもの

変わらないもの、変わっていくもの

そういったファクターをすごく意識させられたし

本気で考えていかなきゃ行けない事だと思った。









伝統的な何か?

今まで築かれてきた何か?

あは☆

おいしく噛み砕いて咀嚼して

HAPPYにアゲて吐き出してやんよ☆









「これが私達の今です」っていう限りなくエゴな

自分発信自分終着点の表現を観ると「で?」と思う。



「これが若者の今です」っていう何だか上の世代の

奇妙なモノを観るような目に基づいた表現を観ると

「そう観えてるんスかw」と思う。



快快のSHIBAHAMAには「共感」を覚えました。

彼らは戦っている気がしたよ。

しっかり前と、「後ろ」を向いて。






同世代の創造が、世界に向かってる。

俺たちがわからなくてどうすんだって思うんだよ。



あーもう、何かが起きてる。

他人事にしたくねえな。
杉山剛rock_hopper1985コメント(1)トラックバック(0)   この記事をクリップ!

3D映画が全然わからなかったんだ

2100円は高い。

と、なんやかんや言いながら観てきました、アリス。

ええ、3Dで。

まぁ今回は映画の内容についてでは無いんですが

3Dって、これ、一体何が良いのでしょうか…?


3DVision




立体的に見える?

ええ、まあそれはそれで良いんでしょうけど

彩度と明度がガクっと下がりますよね?

これ大問題じゃないですか?

色鮮やかじゃないアリスなんか観ても仕方ないと思う。

白が白に見えない。赤も赤に見えない。



その彩度、明度が下がる事

編集側も認識してるんでしょうね。

だから、字幕が黄色。

3Dメガネかけると丁度白っぽく見える感じ。

それってもう全然実用段階じゃないんじゃ…?

無理…してるんじゃ…?



この手の映画は色味とか

ものすごい追求してるんだと思うんですよ。

ファッションとか、キャラデザインとかも作り込んでるし。

それを「立体的に見せるー」とかいう理由で壊したら

本末転倒じゃないですか?



もう途中から3Dメガネ外して観ましたよ。

もちろん画面はボケッボケでしたけど。

朝が夜みたいに暗く観えるよりゃマシでしょうよ。

ほんとにね、色が無くなるんです。



パーっと観よう!

ビジュアルを楽しもう!

と思っていた映画だったのでガッカリ。



やるんならもっと完成度あげてからにして欲しいぜ、3D。

まあ、そもそも「映像の臨場感」って

そういう事じゃない気もするんですけどね。

あんなんでキャーキャー楽しむようになったら馬鹿になります。

何も読み取るチカラなくなりますよ。



映画の内容については気が向いたら書きます。

3Dのバカバカしさに疲れましたよ…。
杉山剛rock_hopper1985コメント(4)トラックバック(0)   この記事をクリップ!
カテゴリ: 映画 

カオスラウンジが全然わからなかったんだ

最近ずーっと頭を悩ませております。

何が良いのか、何に価値があるのか

全然わからなかったんです。




カオスラウンジ。



日比谷高橋コレクションで開催されている展覧会で

黒瀬陽平さん・藤城嘘さんがキュレーター。

宣言文を打ち出しており

ツイッターとかを見ていても

村上隆氏や東浩紀氏なども注目しているようだ。





前のNYの記事でも書いたんだけれど

アートの文脈においても「匿名性」「作家性の無さ」みたいのって

注目する要素だと思うんだよ。

コピー。シュミラークル。アプロプリエーション。

そう考えるとさ、ニコ動とか2chとか

すげえおもしろいなぁと思うじゃない。

創作者が全面に出るわけじゃなく

その「作品」だけ氾濫し、その「作品」から何か抽出され

また「作品」が氾濫してく。

MAD、2次創作、改変。

あぁ、なるほど西洋のアートの文脈は

日本のサブカルの文脈に近いってのはこういう事なのかってね。

でも、そんなんもうわかってる事なんでしょ?



で、ニコ動やらなんやらで氾濫したイメージを

「作家性」をもって再構築する必要ってのはどこにあるんだい?

やっぱり作家性っていいよね。美術作家ってカッコいいね。

ってそういうことなの?

「オンラインデジタルスーパー廃材使ったオブジェ」

という事でよろしい?



今年で3回目というカオスラウンジ。

もともとはインターネットで発表していた作家で

展覧会をやるような場所だったらしい。

「現実」に引きずり降ろす。的な。



今回もそういう感じ…なんですか?

どっちかっていうとネットから引きずり出してきて

そっから生まれる何チャラをまたネットに引き上げるみたいな感じ?

では村上や高嶺や伊藤はなぜあそこにいたの?

ゼロ年代代表時代遅れのさらしものですか?



作品のキャプションがしっかりしてんのが、もうやだ。

なんでキャプションがニコのタグなの?

タグってのは他人が付けるからおもしろいんでしょ?

自演じゃん。全然カオスじゃないじゃん。

滑稽すぎる。



俺は2chもニコニコも好き。

誰かに何を言われたわけでもなく何かを作る。

それが金になるとかならないとかじゃなくて

何回再生されるか、どんなコメントがつくか、どんな改変されるか。

新しい価値基準がある。

新しい「神さま」がいる気がするんだよ。



別に2chも神さまはゴロゴロいるんだけどね。



アーキテクチャと呼ばんでるものを分析して、それを解体して

なぜアートにしなくてはいけないの?

現代美術で現代美術やってる現代美術家です

っていう前提がすっげえ意味わかんない。



村上隆氏がこの展覧会に驚く理由はなんなの?

企画者はほんとにニコとか2chとかやってる人なの?

ベッキークルーエルが公式になった時の寒さを知ってるの?

にわかがリアルで用語を使った時の

あの何とも言えない寒さを知っているの?



要するに、引っ張り出されると寒いんだよ。



自分の立ち位置を理解するためには

その場所から離れないといけない。

自分が立っていては、自分の立っている場所が見えないから。

だけど先生。

それじゃその人はもはや「第三者」的に「客観」するって事だよ。

そんな人に語られる事が酷く腹立つ場合もあるんだよ。



良いエサ拾ったということですね。わかります。



「ライブ感」のある展示らしい。

俺は平日の昼過ぎだったからかね。

そういった感じは全く感じれなかった。

それも原因?



いあ、きっと俺の頭が悪いんだろ。

このままわからないのは嫌だ。

とりあえず思想地図4冊買ってみた。

あの辺を取り巻く思想を理解しよう。

それから意見しよう。



でも本当に全然わからなかったんだ。

カオスラウンジ。

http://chaosxlounge.com/
杉山剛rock_hopper1985コメント(2)トラックバック(0)   この記事をクリップ!